京都地方裁判所 昭和58年(ワ)1265号 判決 1984年6月28日
原告
増田真一
被告
近畿急便株式会社
主文
一 被告は原告に対し、金三四四万〇五四八円及び内金三一四万〇五四八円につき昭和五五年五月二六日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その四を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は第一項に限り、原告において金三〇万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。
事実
第一申立
一 原告
1 被告は原告に対し、金一六六五万七三六四円及び内金一五一五万七三六四円につき昭和五五年五月二六日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 予備的に担保を条件とする仮執行免脱宣言
第二主張
一 請求原因
1 事故の発生
昭和五五年五月二五日午前〇時頃、愛知県宝飯郡音羽町地内東名高速下り線二八一・九キロメートル地点において、上田高明の運転する大型貨物自動車(大阪一一い四三四八号)が、その前方を走行中の原告が運転する普通貨物自動車(京一一さ四七一二号)に追突し、原告車は、その衝撃でガードレールに接触し、更にその反動で中央分離帯に激突した。
2 被告の責任
右追突車は、被告の保有車で、被告が自己の運行の用に供していたものであるから、被告は自賠法三条の規定に基づき、右事故により生じた人的損害を賠償する責任がある。
また、右事故は、被告の従業員上田高明が被告の事業の執行中に前方不注視の過失により惹起したものであるから、被告は、民法七一五条の規定に基づき、同事故により生じた物的損害をも賠償する責任がある。
3 損害
原告が右事故により被つた損害は、次の通りである。
A 人的損害
原告は、右事故により頭部挫傷、歯牙折損、右第四肋骨々折及び外傷性頸部症候群の傷害を被り、事故当日から同年六月一七日の間に長坂病院へ入院二日、通院五日の各治療を受け、同年五月三一日から昭和五七年三月二五日の間に大木外科へ二六四日通院して治療を受けたほか、昭和五五年六月二七日から同年九月二二日の間に山根歯科へ一一日通院して治療を受けた。そして、右大木外科への最終日である昭和五七年三月二五日に症状固定と診断され、同年四月一二日後遺症等級を一二級と認定された。
(1) 治療費 二二万七七〇八円(国民健康保健自己負担分)
(イ) 長坂病院 一万七五〇〇円
(ロ) 大木外科 一九万三七七一円
(ハ) 山根歯科 一万六四三七円
(2) 入通院交通費 二〇万二八四〇円
(イ) 長坂病院 六万九〇〇〇円
(ロ) 大木外科 一二万七七八〇円
(ハ) 山根歯科 五〇六〇円
(3) 休業損害 一四五万円
原告は、青少年の家「茅茹荘」を根拠として、喫茶店、マリーンクラブ及び民宿等の事業を営んで来たものの、社会運動、政治運動に専念しているため、その収入、経費等について適切な会計処理がなされず、正確な数額を呈示し得ないが、その生活及び活動状況よりして一日当り一万円の収入は十分にあつた。仮にそうでなくとも、すくなくとも統計上同年齢者(五七歳)の平均給与月額二八万八〇〇〇円を下らない収入が確実にあつた。
(4) 後遺症による逸失利益 一四一万〇七七六円
後遺症による労働能力三年間の減退分
(5) 慰藉料 一〇〇〇万円
原告は、過去に一〇数回国及び地方各政治の選挙に立候補していたもので、本件事故当時も昭和五五年七月施行の参議院議員選挙(全国区)に立候補の予定で、同年五月一三日東京都内人事院ビルで行われた自治省の事前説明会に出席した後、各地を遊説しての帰路、本件事故に遭い、立候補を断念せざるを得なかつた。若し、本件事故がなければ、原告は、立候補して当選した筈であり、すると、法定選挙費用を控除しても、相当額の議員報酬を得ることができた。このような諸般の事情に鑑み、慰藉料額は一〇〇〇万円が相当である。
B 物的損害
原告は、これまで社会運動、政治運動に使用して来た原告車及びその装備に特に愛着があり、是非とも修理、復元して使用する必要がある。
(1) 原告車輸送費(現地―舞鶴) 二五万九五〇〇円
(2) 看板輸送費(右同) 一二万九七五〇円
(3) 原告車及び放送設備修理費 三〇七万三二七〇円
(4) 原告車炊事及び宿泊設備修理費 五〇万円
C 既受領分
原告は、自賠責保険より二〇九万円を受領した。
D 弁護費用 一五〇万円
勝訴額の約一割の定めである。
4 以上によれば、原告が被告に請求し得べき金額は、AB及びDの合計額からCの既受領分を差引いた一六六六万三八四四円である。
よつて、原告は被告に対し、右の内金一六六五万七三六四円及び弁護士費用分を除いた一五一五万七三六四円につき、本件事故の日の翌日である昭和五五年五月二六日以降完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 答弁
1 請求原因1、2の事実は認める。
2 同3のうち、原告がその主張の間に、長坂病院へ二日入院し、五日通院していること及び既受領分は認めるが、損害額は争い、その余の事実は知らない。なお、原告の長坂病院における診断病名は、頭部打撲擦過傷、頭部右肩右胸部打撲であり、その余の傷害殊に肋骨々折は疑問である。仮に骨折があつたとしても軽微な亀裂と思われる。原告は、長坂病院に二日入院したのみで直ちに退院し、その後、五回も舞鶴の自宅から、タクシー、国鉄在来線、新幹線を乗り継いで遠路はるばる長坂病院まで通院できたのであるから、原告が休業を必要とする症状であつたとは到底考えられないところである。
仮に休業を要したとしても、原告の収入は、かなり低額であつたから、原告主張の基準により休業損害を算定することは相当でない。
物損について、原告は、高額の修理費を請求する。しかし、原告車は昭和四八年三月に初年度登録された車両であつて、本件事故時には既に七年を経過しており、その時価は三四万円である。従つて、いわゆる全損として、三四万円が原告の請求しうる物損の総てであり、原告主張のその余は相当因果関係のある損害とはいえない。
3 同4の主張を争う。
4 原告は、既受領分のほか、自賠責保険より一二〇万円を受領している。
第三証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 請求原因1の事故発生の事実及び同2の被告の責任原因事実については、当事者間に争がない。
そうだとすれば、被告は、本件事故により原告が被つた人的及び物的各損害を賠償すべき責任があるというべきである。
二 そこで、まず原告が被つた人的損害について検討する。
1 原告の受傷、治療、治療費及び入通院交通費
原告が事故当日から昭和五五年六月一七日の間に、長坂病院へ二日入院し、通院五日の各治療を受けたことは、当事者間に争がなく、成立に争のない甲第一〇号証、同第一六号証、同第二一ないし第三六号証の各一、二、同第三七ないし第五六号証、同第五七号証の一、二、同第五八号証、同第五九ないし同第六四号証の各一、二、同第六五号証、同第六六ないし同第六八号証の各一、二、同第六九ないし同第八一号証に、弁論の全趣旨を総合すると、請求原因3Aの(1)及び(2)の原告の受傷、その治療の事実並びに治療費及び入通院費合計四三万〇五四八円の出費を余儀なくされた事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。
2 休業損害
成立に争のない甲第八六号証の一、二、同号証の九ないし一九に、原告本人尋問結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、原告は、政治団体として政治公団大平会を設立し、その代表者兼会計責任者の地位にあり、長年に亘り国及び地方各選挙に立候補して来たこと、但し、当選したことはなかつたこと、本件事故当時も昭和五五年七月施行の参議院議員選挙(全国区)に立候補予定で、同年五月一三日東京都内人事院ビルで行われた自治省の事前説明会に出席した後、各地を遊説しての帰路、本件事故に遭い、立候補を断念したこと、また、原告は、妻と協力して必ずしも算採に拘泥しない宿泊施設を経営し、青少年と起居を共にするなどして、その育成に尽瘁して来たこと、従つて、原告には取り立てていうほどの収入はなかつたこと、以上の事実を認めることができる(この認定に反する証拠はない)ものの、原告の本件事故による受傷により、格別その事業に影響が生じたとは認め難いし、更に、その収入に減少を生じたと認めるに足る証拠もない。
してみれば、原告の休業損害は容認できない。
3 後遺症による逸失利益
前記認定のとおり、原告は、本件事故により後遺症一二級と認定されているものの、前項同様に、そのために収入の減少を招いたと認めるに足る証拠はないから、後遺症による逸失利益も容認し難い。
4 慰藉料
さきに認定したように、原告は、政治的・社会的な活動に献身していたのであるが、本件事故により予定していた選挙に立候補できなかつたのを初めとして、その活動が少なからざる制約を受けたことは推測するに難くなく、それだけに原告の被つた精神的苦痛は、他の通常の場合に比して甚大であつたというべきである。しかも、原告は、本件事故により後述の如く格別の愛着を寄せていた車両をも失うに至つたのである。従つて、これらの点は慰藉料額の算定に当り十分に斟酌する必要がある。従つて、原告の受傷、治療の経過及び後遺症をも考慮のうえ、慰藉料を五〇〇万円と定めることとする。
三 次に、原告が被つた物的損害について検討する。
前掲第八六号証の一、成立に争のない乙第一、二号証、原告本人尋問の結果により原告主張の写真と認められる甲第八三号証、同結果により真正に成立したものと認める甲第八四号証に、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、原告車は、マツダDVC9改の型式で、バンをバスタイプに改造していること、昭和四八年三月に初登録されており、原告は、その車上に政治スローガンなどを大書した看板を取り付け、車内に炊事・宿泊の設備や放送器具を備え付け、長年に亘り自己の活動に供していたこと、従つて、原告は、原告車に対し格別の愛着を抱いていたこと、ところが、原告車は本件事故により大破したこと、しかし、原告は、そのまま廃車するに忍びず、看板と共に現地から舞鶴まで運び帰つたのであり、それに要した費用は三八万九二五〇円であつたこと、これを以前同様の用途に耐えうるようにするとすれば、三〇〇万円余を要すること、しかし、原告車の事故直前の時価は三四万円にとどまること、以上の事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。
右認定事実によれば、原告が原告車の修理を強く望む気持も理解できなくはないが、事故直前の時価が低いのに比し、その一〇倍に近い修理費を要すこと、原告の愛着は慰藉料算定上の事情として斟酌することが可能であることを考慮し、右認定の事故直前の時価三四万円に、経緯上事故後の運搬費三八万九二五〇円及び車内設備分として二七万〇七五〇円を加えた一〇〇万円をもつて、物損と認めるのが相当である。
四 弁護士費用
本件事故と相当因果関係のある弁護士費用を三〇万円と認める。
五 以上によれば、原告の被つた損害は、合計六七三万〇五四八円になるところ、自賠責保険より二〇九万円を受領していることは原告において自認するところであり、また、被告が抗弁として主張する自賠責保険よりの支払分一二〇万円については、原告において明らかに争わないから自白したものとみなすべきである。
すると、原告が被告に請求しうる損害は三四四万〇五四八円である。
六 よつて、原告の請求は、被告に対し三四四万〇五四八円及び弁護士費用分を除いた三一四万〇五四八円につき、事故の日の翌日である昭和五五年五月二六日以降完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、担保を条件とする仮執行宣言につき、同法一九六条をそれぞれ適用し、仮執行免脱宣言を付することは相当でないからこれを却下することとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 石田眞)